2020年9月27日日曜日

日本で緊急入院!網膜剥離と髄膜炎(原田病)

羽田空港から京都の実家までYさんに車で送っていただいた。

時々痛み止めを飲みながら、いろいろ話していたが、

頭痛のためちゃんと話せていたかわからない。


夕方4時頃、自宅到着。

母が池のところまで走って迎えに来てくれた。


寝たきりの祖母に挨拶をしたかったが、

何か病気を移してはいけないので我慢。


夕方、シャワーを浴びると急に眠気に襲われ、ベッドにダウン。

しばらく寝ていたようだが、手足の力が抜け、真っ白。

手が震え、気分が悪くなり、必死で居間へ。

たぶん低血糖を起こした。

(髄膜炎のせいだったかも知れない)


夜中のテレビのような感じザーザー。

ひどい耳鳴り。頭が割れそうだった。

頭の中が工事現場。

頭のCPUがシャットダウンしそうな感じ。

夕食を何とか食べて、しばらくしたら落ち着いた。

今朝、インドの糖尿の薬を飲んで、お昼にうどんを食べて

それきり食事をしていなかったので、低血糖を起こしたのだと思う。

実は低血糖のほうがすぐに命を落とす危険がある。

お花畑が見えかけていた。


頭痛薬でごまかしつつ、両手で頭を抱えて朝まで痛みを我慢。

一睡もできなかった。

翌朝、自宅から1時間ほどの大きな病院へ。

父がそこの眼科がいいからと勧めてくれた。


初診受付で症状を説明すると、

眼科と皮膚科と総合内科の診察を受けることになった。

(頭皮と耳が非常にかゆくて湿疹ができたいたので、

ヘルペスかと思っていた。)


それぞれの科に問診票を提出。

検査があるので眼科からスタート。

視力検査。虹彩を広げる薬を点眼。

次第に暗かった映像が少し明るくなる。

しばらく待って目の中の撮影や測定。

2時間ほど待ち、初診の医師の診察。


診察は1分ほどで、

「原田病で間違い無いと思います。」と診断された。

「網膜剥離と髄膜炎が起こっています。

メラニン色素を敵だと思って攻撃するアレルギー反応で、

メラニンがある部分が炎症を起こしています。

髄膜にはメラニンがたくさんあるんです。

すぐに入院しましょう。」とのことだった。


老眼になったとばかり思っていたので、網膜剥離と聞き、正直驚いた。

確かにこれだけ見えなくなるとは、老眼とは恐ろしいものだと思っていた。


もともと視力は2.0か1.5だったので、

普段の10%も見えておらず、とても不安になった。

老眼や視力の悪い人たちの気持ちが初めて分かった。


入院する前に、さらにPCR検査を受けた。2時間ほどかかった。

陰性で、すぐに入院手続きに入った。


入院病棟の部屋のベッドで、背骨から髄液を抜いて検査。

横向きに膝を抱えて丸くなる。

麻酔が結構痛い。

その後の髄液を抜く時、ぐいぐいと圧迫感。

初めてです、と伝えたけど、その時思い出した。

確か、次女の帝王切開の時の部分麻酔の時も

こんなだったんじゃないかな。

担当医の医師にこれまでの病歴を聞かれたが、

頭が痛すぎて、よく思い出せない。

その夜、頭痛薬とアイスノンで翌朝まで耐えた。


本来なら、網膜の血管などもっと詳しく調べるため、

造影検査をしなくてはならない。

しかし、私は甲殻類のアレルギーがあるので、

造影剤にアレルギー反応を起こすかも知れない。

それで、造影検査はしないことになった。


翌日、昼頃、早速ステロイド点滴治療が始まった。



続く。



2020年9月26日土曜日

JALでインド脱出・日本緊急帰国 空港でコロナ抗体検査

車椅子で飛行機入り口まで移動。

月に2、3便のJAL臨時便がデリーから羽田へ出ている。

運良く予約できて助かった。

ほとんど見えなくなった目と、死にそうなほどの頭痛と耳鳴り。

まさか、網膜剥離と髄膜炎になっているとは、、、。

もし臨時便が出ていなかったらどうなっていたか、、、。

満席で乗れなかったら、、、。

考えると冷や汗が出る。

JALに搭乗すると

「みなさん、お帰りなさい」

とのアナウンス。

もうここから日本なんだと感じて泣きそう。


トイレが後方になくて探した。

機内食、魚の丼。まずお蕎麦から。

一口目で思いっきりわさびだったらしく、頭激痛、涙。

目が見えないと色々大変。

久々の日本食、美味しかった。


目が悪いのと頭痛で映画を見る余裕無し。

せめて音楽を聴こうと画面を触るが表示が読めず

虫眼鏡と勘で洋楽ヒットのDJをかけることができた。


横のシートが全部空いていたはずが、

食事が終わって横を見るとインド人のおっさんが寝転んでいた。

しかも、途中から足をこちらに向けて。

足の臭いが臭くてたまらなかった。


頭痛で一睡もできず。

朝食に軽食が出た。


羽田空港に到着して、早速車椅子で移動。

ぐるぐる廊下を移動。

空港の端から端までという感じ。

羽田空港、こんなに広かったのかと驚いた。

日本人の女性空港スタッフさんがずっと車椅子を押してくださった。

感謝。


唾によるコロナウイルスの抗体検査を受ける。

早朝(インドは夜中の時間)だったので唾をためるのに時間かかった。

梅干しとレモンのポスターが貼ってあった。

2時間ほど結果が出るのにかかると聞いていたが、

車椅子だからか、30分ほどで結果が出た。

結果は陰性。

同行してくださっているYさんも陰性で、すぐに空港を出られた。

何度も移動方法を確認された。

(海外からの帰国者は、公共の交通機関の使用が出来ない。

また、自宅やホテルで2週間の隔離生活をする。

私の場合、容体が急を要したので、緊急で翌日病院へ。)


ゲート出口でYさんのお父様がお出迎えくださった。

Yさんの車を持ってきてくださった。

「大変ですね。でも、奇跡を起こしていつか奇跡の映画に出られたらいいですね。」

と励ましていただいた。

Yさんの運転で京都の実家前まで送っていただいた。感謝。


帰国のための飛行機がすぐに見つかり予約できたこと。

Yさんが同じ飛行機で付き添ってくださったこと。

Yさんは東京へ転勤だが、ご実家が関西で、

転勤前に実家に一度帰ることになっておられ、

京都の私の実家まで車で送ってもらえたこと。


まさに、一つ一つに奇跡が重なっていた。


実家に到着した夕方、これまでで一番体調が悪くなった。


続く。


2020年9月25日金曜日

インド脱出!視界10% 網膜剥離と髄膜炎で緊急入院しました!

実は今、日本にいます。

網膜剥離と髄膜炎で日本の病院で入院しています。

原田病だそうです。

幸いにも失明は免れ、髄膜炎も治ってきています。

新型コロナウイルスの影響で、インドは段階的にアンロックしていますが、特にビハール州はまだロックダウンの最中です。

その中での緊急帰国、どうかお許しください。

長女が私の様子があまりにも酷いので、どうしても日本で治療する方がいいと、背中を押してくれました。

最初に予約した飛行機はキャンセルで、JALの日本人救済便で帰国することが出来ました。

羽田空港でコロナの抗体検査を受け、陰性で、入国出来ました。

病院でもさらにPCR検査を受け、陰性で入院することが出来ました。

インド脱出の様子と、闘病生活をブログでお伝えしたいと思います。

同じような症状の方に、少しでも参考になれば幸いです。

日本に住む長男がパソコンのフォントを大きくしてくれました。

現在は視力もだいぶ回復しております。


*********

視界10% インド脱出

インド3月からロックダウン
オンラインクラス・スタート(7クラス担当)
ロックダウン生活
洗濯・パソコン業務・会議・授業(または次女のオンラインクラス)・昼食調理・授業・授業・技能実習生相談・洗濯取り込み・授業・夕食調理・パソコン業務

6月〜8月 生理が止まらない。初めてのすごい量の出血。
地元のクリニックで止血剤と鉄剤を処方してもらう。

それでも出血が止まらないので、8月22日頃、産婦人科で診察、
止血剤や栄養剤・鉄剤をもらう。飲んで1日で出血が止まる。
翌日、朝から急に視野がぼやける。頭痛がひどくなる。

一週間経ってもどんどん視力が低下。
眼科で診察を受けて、感染症か老眼だろうと言われ、
抗生物質とビタミン剤を処方される。

9月初旬、視力がどんどん低下。
部屋が暗い。パソコン画面が見づらい。
頭痛がひどくなり、授業を休む。

9月12日、人間の顔が小さく、歪んで見える。ピカソの絵。
右目がほとんど見えない。左目はかすかに見える。



長女が日本の病院に行くように勧める。
飛行機を予約してくれた。アムステルダム経由の関空行き。

13日、パトナへ主人が送ってくれた。インディゴでデリーへ。
パトナ空港の中、レイアウトが変わっていて表示も読めず、慌てた。

フェイスシールドとマスク配布。

デリーに到着し、ゲート出口でスタッフに
「目が見えません。助けてください。」とお願い。
車椅子を出してくれた。国際線チェックインへ車椅子で移動。
チェックインに時間がかかり、結局、アムステルダムまではコンファームが取れているが、アムステルダムから関空への飛行機が支払いエラーになっていた。
長女に連絡し、何度もやり直したり、別の飛行機を調べたりしてもらった。
主人の弟のカードでも試してもらったが予約できなかった。(後でわかったが、関空行きの飛行機が今月中キャンセルになっていたらしい。)

夜中2時にカウンターがシャットダウン。

車椅子で空港外まで出される。
外の車は危険なので、下の階のプリペイドのタクシーを予約。
レモンツリーホテルまで頼んでいるのに、そういうホテルはコロナの陰性証明書がないと宿泊許可されない、などなどうんちくを言って、安くて安全なホテルの知り合いがいるから、と言われ、空港のプリペイドタクシーだから、犯罪行為は滅多にしないだろうと思い、信頼することに。

タクシーの運転手はヒゲの感じからムスリム。
タクシーの予約表を写メで主人や娘に送る。
運転手がヒソヒソ電話で話していた。
「1万ルピーくらいは取れるんじゃないか。」と言っていた。
「うわ!ぼられるな。」

タクシーが止まった場所は空港近くの下町。
ごちゃごちゃ並んだ建物のうち、ホテルの看板がある建物へ案内される。
工事中だった。
一泊1万6千ルピーと言われるので、高すぎる、違うところ探す、と強気で言う。
すると、9600円まで値下げしてくれた。(6400ルピーくらい)
それでも高すぎだが、夜中3時にどうしようもないので、了解した。

すると、ホテルスタッフがこちらへと、ホテルの外へ。
本館が工事中だから、何件か隣のホテルを案内するという。

ついていくと、ただの雑居ビル。
小さなホテルの看板は付いているが、ただ狭いビルの真ん中に階段があるだけ。
目が悪いことに気づかれないよう、大胆な足取りで階段を上る。

小さなカウンターがあり、そこから屋上へ案内された。
ホテルの名前は「ラグジャリーホテル」。
屋上に無理やり作られた一部屋。
施錠を確認し、宿泊を決意。
ボーイさんがエアコンをつけてくれたが、ほとんど効かなかった。
虫やヤモリがいないか気になりつつ、疲れていたためそれでも寝られた。

頼んでいた朝ご飯は、トーストバタージャムとオムレツとコーヒー。
運ばれて来たのはパラターとアチャールとコーヒー。
仕方がない。

主人がNさんに連絡してくれて、Nさんが日本帰国予定のYさんに連絡してくださり、飛行機の情報を教えてくださった。

早速予約しようと思ったが、私のインド携帯では国際電話がかけられないので、日本の家族に連絡。
長男が電話やネットで予約してくれ、父が飛行機代を振り込んでくれた。感謝。

主人の弟が本物のレモンツリーホテルを予約してくれた。
午後から移動。主人がホテルにコンプレイン。
ホテル側が無料でレモンツリーホテルまで送ると約束。
実際には、元の運転手を呼び、料金は私が支払った。
体調が悪い時にもめたくないので、そのまま。

本物のレモンツリーに到着。
チェックインの用紙が全く読めない。
大きな虫眼鏡の、超拡大部分を当てても、後半の細かい文字が全く読めない。
仕方なく受付のスタッフに読んでもらう。
部屋のキーを渡されたが、コロナのせいか、スーツケースがなかったせいか、案内係は来なかった。
一人でエレベーターで移動。

そこから部屋を探すのに一苦労。


表示板や部屋の番号を虫眼鏡で見るのだが、肝心な真ん中部分がグレイ色で消えている。
何人かの清掃スタッフに部屋を聞きながら行くと、廊下の奥の右の奥の一番遠い部屋だった。

綺麗で清潔で安心。緊張が一気に解けた。
主人と弟ラジーブに感謝。

食事はルームサービスで。毎回電話での注文が大変だった。
目が悪いという説明を毎回しなくてはならなかった。
(誰かメモしてくれ)でも美味しかった。

ラジーブの友人シャンブーさんが頭痛薬を買って届けてくれた。
大変助かった。
インドの頭痛薬は効き始めるのに時間がかかるが4〜5時間効く。
日本の頭痛薬は即効で聞き始めるが3時間ほどで痛みが戻ってくる。
痛み止めなしで動けない状態。

携帯で連絡を取ろうとするが、虫眼鏡でもよく見えない。
一生懸命見ようと右目で超拡大部分で文字を凝視すると、
ブチブチッという音がした気がして、
その部分が丸くグレイになり、余計に見えなくなった。

ホテルに3日ほど滞在し、いよいよ出発の日。
ロビーでシャンブーさんを待つ。
声からは30代の太い人を想像していたが、若くて背の高い細身の青年だった。
綺麗な奥さんと一緒に来てくださった。
チェックアウトをお手伝いくださり、タクシーで空港まで送ってくださった。
空港の入り口でYさんと待ち合わせ。
連絡するとすぐ近くにいらっしゃった。(私は見えていなかった)
シャンブーさんご夫妻とお別れ。感謝。

Yさんと空港内へ。カウンターで早速車椅子をお願いする。
車椅子を押してくれるスタッフと話す。
コロナの影響で、労働時間は同じなのに、給料が半分カットされたと言っていた。
こちらの状況(ロックダウンで半年ホテルも教室もほとんど収入無し。
検疫センターに指定されたから休んでいたスタッフを呼び戻し、受け入れ準備した。
しかし、検疫の客はほとんど来ない。
50名ほどの従業員の給料は最低限出している。)を話すと、
ちょっと同情してくれたのか、最後までチップを要求されなかった。


続く



2020年8月7日金曜日

「本当のドンは私」爆弾発言ビデオ・リーク!自殺(?)俳優の元婚約者

6月14日に謎の死を遂げた人気俳優スシャント・シン・ラジプットの
元婚約者「リア・チャクラボルティ」とはどんな人物なのでしょうか?
まずはこのビデオをご覧ください。


「私のボーイフレンドは自分のことをドンだと思ってる。
でも本当のドンは私。
私はヤクザたちを使う。
どこどこに住むプロデューサーからお金をもらってこい、
て言ったら取ってくる。
彼らは俺はドンだ〜、と威張ってるだけ。
録画はしないでよ。」

というような内容です。

上のビデオがリークしてインド中でバイラルになってすぐ、
急に沈黙を破り、ビデオメッセージを出しました。

これは自殺したとされる俳優の父親が1億7千万ルピーを着服した容疑で
訴えたことに対してのメッセージです。


「私は神を信じています。
メディアは色々ひどいことを言っていますが、
弁護士からはコメントをしないように
アドバイスを受けています。
真実は必ず明らかになります。」

というメッセージでした。

スシャントファンの反応は、
「こんな演技ができていれば出演作もっとヒットしたのに。」
「まさか人生の中でこんな化粧と衣装を着るとは思ってなかっただろう。」
「被害者みたいな演技。やっぱりわざとらしい。」
などなど、でした。

最高裁判所が彼女の訴えを棄却して、ビハール警察の捜査が可能になったことと、
中央政府が中央捜査局に捜査依頼を了承したことなどから、
「真実は必ず明らかになる」
がツイッターでトレンドになっています。

リアは、この一件で有名になりましたが、それまでは出演した映画はヒットせず、
あまり世間に知られていませんでした。

映画監督のマヘッシュ・バットの愛人ではないか、
と噂になっていたことがあります。
マヘッシュ・バットは女優アーリア・バットの父親で、
懇意にしていた女優二人が謎の死
(いずれも自殺とされている)を遂げています。

リアに出会う前は、スシャントの資産は4億6千万ルピーほどあったそうです。
リアに出会って数ヶ月で、2020年の2月頃には2千万ルピーにまで減ってしまったそうです。

ボディガードやスタッフの話によると、
スシャントは、昨年12月にリアとその弟とヨーロッパ旅行に行き、
帰国後、別人のようになってしまったそうです。

体が弱り、1日22時間ほどずっと寝ていたそうです。
スシャントが寝ている間に、リアは家族や友人とパーティをしていたそうです。

スタッフの話では、嫌がるスシャントに無理やり薬を飲ませていたそうです。

スシャントが死亡した日、スシャントの自宅にいたスタッフや友人は、
何の薬だったのか、誰が買っていたのか、誰が飲ませていたのか、などの
メディアの質問にはっきり答えません。

スシャントは首を吊っていた、というムンバイ警察の発表ですが、
その写真や映像はありません。

友人から連絡を受け、駆けつけた姉も、駆けつけたときには
スシャントはベッドに寝かされていた、と言っています。

友人で同居していたシッダールタ・ピタニは、首を吊っていたスシャントの遺体をベッドに下ろしたのは自分だと言っています。

別のスタッフは、自分が下ろした、と言っています。

また、救急車の運転手は、警察と一緒に自分が下ろした、と言っています。

それぞれの供述がバラバラで、一体何が真実なのか、、、、?

スシャントの死の謎について、次回のブログでお伝えします。





2020年8月5日水曜日

元婚約者に逮捕状!人気俳優謎の死 ラム寺院地鎮祭の日

2020年8月5日、アヨーディヤのラム寺院地鎮祭の日、
モディ首相が現地で歴史的儀式に参加しました。

その儀式の最中、もう一つのニュースがインド中に流れました。

6月14日に謎の死を遂げた俳優スシャント・シン・ラジプットの
元婚約者リア・チャクラボルティに対して、
最高裁判所は、パトナ警察での訴えをムンバイ警察に回して欲しい
というリアの訴えを棄却しました。
最高裁判所はムンバイ警察に対して、
事件の報告書を三日以内に提出するよう命令しました。




最高裁判所の判定により、リアに対して逮捕状が発行されたそうです。
(ビハール警察が数日前に出していたようですが、それが有効になったようです。)

そして、ビハール州知事二ティッシュ・クマールがこの事件に関して、
CBI(インド中央捜査局)に捜査を依頼した件で、
中央政府はこれを了承しました!

ラムは悪魔と戦う正義の神でもあります。

ラム寺院地鎮祭という日に、
朗報を聞いたスシャント・ファンたちの中には、
ラム神のご加護があったと言っている人たちもいます。


逮捕状が出た元婚約者はどんな人物なのか、
それは次回のブログで、、、。






2020年8月4日火曜日

ムンバイ警察VSパトナ警察 人気俳優謎の死をめぐって

今、インドのニュースチャンネルを賑わせている話題は
ムンバイ警察 VS パトナ警察 です!!!


前回お伝えした俳優スシャント・シン・ラジプットの謎の死についての調査で、
地元ムンバイ警察と、スシャントの出身地ビハール州パトナの警察が、
バチバチと火花を散らしています。

6月14日に死亡が確認され、現場に到着したムンバイ警察は、
首吊りによる自殺だと発表しました。

遺書が見つからなかったこと、首の傷の場所が首の真ん中であること(首吊りならもっと顎よりのはず)、首を吊っている状態の写真やビデオがないこと、首吊り現場の天井とベッドの間が、身長が高すぎて首を吊るのが難しいこと、救急車が3台から4台あったこと、救急車に搬送される遺体が手足が真っ直ぐの状態と、横向きに足を曲げている状態と、2種類あること、同居者が二人行方不明であること(一人は昨日のニュースで生存確認)、などなど、他にもたくさんの謎があります。

ムンバイ警察は検死の結果が出るのを待たず、
死亡発見とほぼ同時に「自殺」だと発表しました。

そして、それから一ヶ月半、スシャントの元恋人や、友人や、
ボリウッドの関係者を呼び出して調査をしていましたが、
何ら結果を出さず、そのまま自殺として調査を終了しようとしていました。

そして、7月28日、スシャントの父親が、パトナ警察に、
スシャントの元恋人リア・チャックラバルティに対して、
息子の17カロール(一億七千万)・ルピーを着服した疑いがあるとして、FIRとして訴えました。
(1カロールは1千万)

また、リアが薬を使って、スシャントを自殺に追い込んだとも父親は訴えています。

インドのスシャントファンは、この父親の訴えに、
やっと家族が立ち上がってくれたと一瞬喜びましたが、
訴えの内容を読み、息子が「自殺」に追い込まれた、とあったので、
がっかりしました。

ファンたちや、一部の真実を追求するジャーナリストは、
スシャントは殺害されたと考えています。

リアに対しては、スシャントのクレジットカードを
すべて持ち出して使用していたことがはっきりしています。

2019年、リアに出会う前は46カロールあったのが、2020年2月頃には2カロールまで減っていたそうです。

父親の訴えでは17カロールとなっていますが、実際はもっとリアが引き出したり家族の口座などに送金した可能性があります。

父親の訴えを受理したパトナ警察は4名の捜査官をムンバイに送りました。

ところが、ムンバイ警察はパトナ警察の捜査に協力してくれません。

6月8日、スシャントの元マネージャー・ディシャが死亡(ムンバイ警察によると自殺)したケースについての資料を、パトナ警察がムンバイ警察に請求したところ、なんと!
「間違って削除してしまいました。」とムンバイ警察は答えました。

パトナ警察が、「削除したデータもリカバリーできるので、手伝いましょう」と伝えましたが、コンピュータは貸し出しできないとの返答があったそうです。

ありえないことが、インドでは起こります。

そして、4人の捜査官がムンバイで捜査を始めてから四日後、さらにSP(地方警察長官クラスの高級警察官)がパトナからムンバイに送られました。

すると、、、、、!

ムンバイ到着後、マハラシュトラ政府のBMCという役所から、2週間の検疫待機の命令を受けました。
同じ飛行機に乗っていた人たちはその命令は受けていません。

その特別任務のために来た高級警察官だけ!
ゲストハウスに2週間待機命令を受け、
誰とも接触することを禁止されました。
(部下の捜査官とも面会を禁止されています。
先に到着した4名の捜査官は検疫の命令は受けていません。)

ビハール州の警察長官はこれに対して猛反発しています。

なぜここまで、徹底的にパトナ警察の邪魔をするのか?

実はスシャントの死や、元マネージャーの死に、
マハラシュトラ州州知事の息子が絡んでいるそうです。

続きは次のブログで、、、、。






2020年6月20日土曜日

婚約者はドンの愛人?!俳優自殺の真相


人気上昇中の俳優
スシャント・シン・ラジプットの急死(自殺と報道)について、
さらに調べてみるといろいろな情報が出て来ました。

家族によると、今年11月に結婚を予定していて、
家族も結婚式に参加するためムンバイに行く予定をしていたそうです。


恋人だと噂されていた女優リア・チャックラボルティと
結婚する予定だったのではないかと言われています。


インスタグラムなどでスシャントと一緒にあちこちに出かけている写真を
シェアしていたので巷では恋人関係だろうと思われていました。


不動産業者の話によると、リアとスシャントは
一緒に住むための家を探していたそうです。


ボリウッド、インド芸能界のドン的存在、映画監督のマヘッシュ・バットは、
数年前からリアと年の差の愛人関係ではないか、と言われていました。



マヘッシュ・バットは、スシャントの死の前、
リアからスシャントが幻聴を聞くなどの状態を聞き、
スシャントは精神状態が異常なので別れるように言ったと言っています。


また、マヘッシュ・バットの兄弟で同じく映画監督のムケッシュ・バットは、
スシャントが生前会った時に、「精神的に異常だと感じた、
プラビーン・バビのように、もうすぐ自殺するのではないかと思った 」
と話しています。

そういう状態だったので、主役を断ったそうです。

ムケッシュ・バットの発言について、女優カンガナはまた反論しています。

プラビーン・バビは、昔の有名な女優で、
マヘッシュ・バットの愛人だったと言われています。

プラビーン・バビも自殺したそうですが、
愛人関係のもつれで、殺されたのではないか、
と当時噂になっていたそうです。

そして、その自殺したプラビーン・バビの愛人、
スシャントの婚約者と愛人関係だと噂されている、
マヘッシュ・バットの娘が、
スシャントをバカにした発言で今非難を受けている女優
アーリア・バットなのです。


アーリヤ・バット(娘)とマヘッシュ・バット(父)

マヘッシュ・バットは長女で女優のプージャ・バットと、
親子とは思えない
濃厚なキスをするので、一時は年の離れた次女の
アーリヤ・バットはプージャ・バットの娘ではないか、
と噂されたこともありました。


アーリア・バットと共に非難を受けている
カラン・ジョハールも代々監督一家の出身です。

また、ツイッターなどのSNSでは、スシャントは自殺ではなく、
他殺の可能性がある、と人々は言っています。


<ソーシャルメディアで回っている情報(噂)>
前日の夜、スシャントのアパートの防犯カメラがすべて消えていた。
パーティをしているような騒がしい音がしていた。
死の2時間前、機嫌よく散歩していた。
合鍵が一つ見つからない。
首を吊っていた物から、人差し指、親指、小指以外の指紋が見つからない。
リアに、リアとの関係がわかると殺されると言っていた。
リアは、スシャントの死の前に、インスタグラムから彼の写真をすべて削除した。
マヘッシュ・バットは前から、スシャントはいつか自殺するだろうと言っていた。

他にも、
死ぬ日の朝、うつ病の薬を飲んでいた。(自殺を計画しているなら、薬は服用しないだろう)
指紋が左手の一部しか見つかっていない。スシャントは右利きだった。
死体の写真から、首吊り自殺なら目は開いていて、手は握りしめて硬直しているはずが、目をほとんど閉じていて、指は力が抜けている。
首の傷も、めり込みすぎていて、絞殺されたように思える。

などの情報が流れています。

ご家族も、最近は鬱の症状も良くなってきていると聞いていたそうで、
自殺だとは考えられないとコメントしています。

警察は検死の結果、自殺だと発表していますが、
特にムンバイの警察の発表はあまりみんな信用していません。

真相はまだはっきりわかりませんが、
ボリウッドの世襲制度に対するバッシングは続きそうです。

スシャントの死後、カルナータカやアッサムの災害の際、
高額の寄付をしていたことがわかりました。

本当にいい人間だった、と、娘がスシャントと共演した
俳優シャクティ・カプールもコメントしています。

本当に残念です。