2020年12月7日月曜日

州知事が当ホテルに!インドの結婚式

 


12月2日、ビハール州・州知事ニティッシュ・クマール氏が、
当ホテル(マハマヤパレス)にいらっしゃいました!

11月に再選されたばかりで、それから初めてのブッダガヤ訪問だったそうです。

翌日、新聞にも載りました。

これまで州知事には何度かお会いしたことがありましたが、
当ホテルにいらっしゃったのは初めてです!

残念ながら、私は日本で療養中。😂



当ホテルでの結婚式に参加されました。

厳重な警備体制でした。
(ゲリラを駆逐した州知事ですから)





このご時世なので、マスク着用で、記念撮影。


ご結婚、おめでとうございます!
(子供さんが州知事とセルフィー(自撮り)!)

マスクを外した新郎新婦と。

元州知事ジタラム・マンジー氏もいらっしゃいました。

「スーバー30」で世界的に有名なアナンダ先生も!

お久しぶりです!

元気になったら、またお会いしたいです。


州知事はヘリコプターでいらっしゃり、
ブッダガヤには35分滞在されたそうです。

マハーボディ寺院で世界平和のお祈りをして、
それから元秘書の息子さんの結婚式に参加されたのでした。

元秘書さんとは長年、家族ぐるみのお付き合い。

結婚式に参加できなくてごめんなさい!

ロックダウンの間、6ヶ月以上ホテルは閉鎖。
(国の命令でした)

久しぶりの大きなイベントでした。

最近、やっとポツポツ、予約が入りだしました。

早くノーマルな世界に戻れますように・・・!





2020年10月21日水曜日

子供三人だけで日本帰国・全員陰性!、パスポート更新にインド横断!

 

インドに残っていた子供達三人、
日本に帰国しました〜!

次男はパスポートが切れていて、
直前にコルカタやデリーへ、
インド横断の大旅行!!!

無事、次男のパスポート更新することが出来、
子供達三人、デリー経由で日本へ帰国出来ました。

羽田空港で抗体検査を受け、
全員陰性でした。

もし陽性だった場合、ホテルの手配など
しなくてはならないので、
日本に住んでいる長男が、
空港まで迎えに行きました。

無事、空港を出られ、羽田空港から京都の実家まで、
コロナ対応のハイヤーで帰ることが出来ました。

ハイヤーはなんと◯◯万円!!!

かなり高額でしたが、家族は羽田まで迎えに行けず、
ハイヤーを使えて助かりました!

海外からの帰国者は、
タクシー・電車などの公共交通機関を使うことを
禁止されているので、どうしようかと思っていたら、
帰国者専用「ハイヤー」はあるのだと知りました。


子供達の帰国、実はとても大変でした。

私が急病で帰国した時(9月)は、
自分自身がほとんど失明状態だったので
6歳の次女もインドに置いて、
一人で帰国しました。

私の退院のめどがついたので、
大学受験の長女(18歳)と、
オンライン授業が続いている次男(15歳)と、
同じくオンライン授業が続いている次女(6歳)を、
日本に一時帰国させることにしました。

ところが!

次男のパスポートの期限が切れていたので、
まずは更新をしなくてはなりません。

数年前まで子供達はデリーに住んでいたので、
以前、私と長女のパスポートを
デリー大使館で更新してもらいました。

デリー大使館で更新してもらったら、
と主人に言うと、
「デリーよりもコルカタの方が近い。
コルカタなら車で行けるから。」
ということで、コルカタ領事館へ
主人と次男が行くことになりました。

コロナの件で問い合わせが殺到しているのか、
コルカタ領事館は電話がつながりません。

そこで、直接行ってみることに。

ブッダガヤからコルカタまで車で11時間。

ホテルは五つ星のオベロイホテル。

五つ星ホテルなのに、スリッパ!

パパもスリッパ!
勇気ある親子です。

宿泊ルームの中のテーブル。

マハラジャ、、、というより、ドン?


そして、翌日、コルカタ領事館へ。

ところが、、、、!

コルカタ領事館でのパスポート更新は、
日本で新しいパスポートを作成して、
それが郵送されるので、
最低でも一ヶ月はかかるということでした。

しかも、日印間の飛行機は臨時便しか
飛んでおらず、郵便はいつ届くかわからない状態。

そこで、急遽、主人と次男は
コルカタからデリーへ飛びました。


デリーのホテルも五つ星。

私が日本帰国前に宿泊した
レモンツリーの向かい側のホテル。




お風呂とトイレがガラス張り。
パパと二人きりだけど、
次男は恥ずかしかったようです。



そして、デリー大使館でパスポート更新を申請。

デリー大使館にはパスポート作成の機械があります。

申請して、待っている間、次男は広場で逆立ち。


新しいパスポートを発行してもらい、
デリーからパトナへ飛びました。

パトナ空港からブッダガヤまで、また車で4時間。
ブッダガヤに主人と次男が戻ったのは夜中の2時でした。

日本出発前に、義弟の生まれたばかりの赤ちゃんに、
長女と次女が会いに行きました。






そして、朝4時、ブッダガヤ出発。

4時間かけてブッダガヤからパトナへ。
主人が見送りに。


パトナ空港到着。


次女は空港に入ってから、泣き出して、
再びゲートの外のパパのところへ。
空港のオフィサーに止められながら、パパとお別れ。

パパはパトナからブッダガヤまでまた4時間車で移動。
寂しくて涙が止まらず、、、。

そして、夕方、
デリー空港へ到着した子供達と、
ブッダガヤに戻ったパパと、
ビデオコール。



そして、夜7時、
デリーからJAL臨時便、出発!!!


朝7時前、無事、羽田空港へ到着!!!

3人共、コロナ抗体検査陰性でした!

国際線出口で待っていた長男と合流し、
帰国者専用ハイヤーで京都まで約6時間。

子供達、日本帰国、大成功!!!

その夜、インドに残ったパパと、入院中の私と、
子供達と、ビデオコールしました。


子供達は2週間、実家で隔離生活です。

心配なのは、、、、

インドに置いてきたパグ2匹。
チャングーとマングー。

日本語教室でバイトしてくれているお兄ちゃんたちに
2匹を預けました。

子供達が出発した日、2匹共朝ご飯を食べなかったそうです。

ずっと寂しそうに寝転んでいました。



夕方になって、やっと食べたそうです。


ごめんね。チャングー、マングー。

そして、私、昨日退院しました〜!

約一ヶ月の入院生活でした。

ステロイドの治療は半年から1年の予定です。

しばらく自宅療養です。

数日して落ち着いたら日本語教室の授業もオンラインで再開します。

4人の子供達がいて、特に次女はまだ6歳。

マミーは病気に負けず、まだまだ頑張りますよ〜!



2020年10月16日金曜日

幻覚症状?ステロイド点滴中、天使が来て、体が浮いた!

 


インドから日本へ帰国して、網膜剥離と髄膜炎で入院しています。

「原田病」という自己免疫疾患で、ステロイド治療を受けています。

入院後、約三日間、ステロイドの点滴を受けました。

「パルス療法」と言うそうです。

点滴治療の間で、天使が来て、体が浮きました。

その浮き上がっている感覚は、あまりにもリアルで、
未だに夢だと思えないくらいです。


点滴が始まって翌日には、
死にそうなくらい痛かった頭痛が
嘘みたいにおさまりました。

頭の中で、工事現場みたいなガシャンガシャンという
爆音の耳鳴りがなっていたのも、
次第に静かになりました。

その時、起きているのか、寝ているのかの
区別がつきにくくなりました。

夢のはずだけど、リアルすぎて何時間経っても
それは夢だったのかどうか、わからないくらいでした。

特にリアルだったのが、体が浮き上がった体験です。

今でも夢かどうかわかりません。



ベッドで点滴を受けて、寝ていた私のなぜか「後ろ(背中側)」に、
看護師さんがいる、と思いました。

後ろなので見えないはずですが、その看護師さんが
私の背中を持ち上げると、私の体が浮き上がりました。

感覚として、ベッドから50cmくらい浮いている感じでした。

そして、なぜか
アメリカのインディアンのような白髪のおばあさんが
私の左足の足の裏をマッサージしてくれました。

背中の方にいる看護師さんは、
途中から天使なんじゃないかと感じました。

看護師さんの服装だけど、羽が生えていました。

首と左肩をマッサージしてくれました。

20分ほど浮いたまま、マッサージしてもらいました。

そのマッサージがものすごく気持ちよくて、
寝てしまいました。

気がつくと、ベッドで寝ていました。

ステロイドの点滴の際、「せん妄」(幻覚症状)が
起こることがあるそうですが、たぶんそれだと思います。

浮き上がった感覚、3週間経った今もまだリアルに覚えています。

ステロイド点滴は三日で終わり、
四日目からは経口のプレドニゾロン(ステロイド)に変わりました。

経過は良好で、順調に回復して来ています。



2020年9月29日火曜日

家族の愛と生徒・友人たちの祈り

 



病気になり、日本で緊急入院することになり、
心の底から感じたのは「感謝」。

家族の愛と、生徒や友人たちの祈りに。


助けようと、助かって欲しいと思ってくれる人たちがいる。

それを心の底から感じた。

祈りのパワーというのは、本当にすごい力があると思う。

みんなの祈りに動かされて、
奇跡的に日本までたどり着き、治療が間に合った。

失明は免れ、髄膜炎も治まってきた。

祈ってくれている人たちのために、
しっかり治療したい。


6歳の次女をインドに置いてくるのは辛かった。

ビデオコールする度に次女は泣いていた。
(今は少し慣れて、お兄ちゃん(次男)と遊んでいる。)

長女は一番大変。

弟と妹の世話と、犬2匹の世話。

オンラインで日本語教師のバイトも手伝ってくれている。

大学受験の準備もしている。

2年前に大病しているから、長女が疲れないか心配。


それでも、彼らをインドに残して、
日本に来なくてはならなかった。

私は感じていた。

このまま死ぬのだろう、と。


9月5日、インドのティーチャーズ・デイ。

私はひどくなる頭痛の中、必死でビデオを編集していた。

たぶん、これが最後のビデオになると思っていた。

これまで育ててきた生徒は約500人。

彼らに、何かを残しておきたかった。



インドの一番貧しい地域で暮らすということは、
病気になったら死ぬ時。

私は22年間、そのつもりでいた。

だからこそ、健康でいることに気をつけていたつもりだ。

インドの医療はこの20年間で飛躍的に発達し、
デリーなどの都市部では最先端の治療が受けられる。

しかし、私が住んでいるのはデリーから約1000キロ離れた、
インドで一番というほど貧しい地域、ビハール州。

盲腸でも死んでしまう地域だ。

医療が行き届かない地域で、結核治療へのアドバイスを
村人たちに行ってきた。

新生児の発育測定や、母親たちの育児相談・健康相談をしてきた。

そんな私が病で倒れてはシャレにならない。

なんとしても、復活して、みんなを元気付けたい。


入院前にはほとんど見えなかった目も、
ステロイド療法が効果を奏し、
三日後には視力1.0まで回復した!

ステロイド治療の影響で骨粗鬆症になることがあるので、
整形外科で骨密度測定。

なんと!

インド22年生活で、骨はボロボロか???

と思いきや、

「平均以上」でした!!!

インドの日差しのおかげか?

しいたけ食べてないのに、なぜだろう?

私は強い!

しっかり治療して、必ず復活します!

みんな、ありがとう〜!






















2020年9月27日日曜日

日本で緊急入院!網膜剥離と髄膜炎(原田病)

羽田空港から京都の実家までYさんに車で送っていただいた。

時々痛み止めを飲みながら、いろいろ話していたが、

頭痛のためちゃんと話せていたかわからない。


夕方4時頃、自宅到着。

母が池のところまで走って迎えに来てくれた。


寝たきりの祖母に挨拶をしたかったが、

何か病気を移してはいけないので我慢。


夕方、シャワーを浴びると急に眠気に襲われ、ベッドにダウン。

しばらく寝ていたようだが、手足の力が抜け、真っ白。

手が震え、気分が悪くなり、必死で居間へ。

たぶん低血糖を起こした。

(髄膜炎のせいだったかも知れない)


夜中のテレビのような感じザーザー。

ひどい耳鳴り。頭が割れそうだった。

頭の中が工事現場。

頭のCPUがシャットダウンしそうな感じ。

夕食を何とか食べて、しばらくしたら落ち着いた。

今朝、インドの糖尿の薬を飲んで、お昼にうどんを食べて

それきり食事をしていなかったので、低血糖を起こしたのだと思う。

実は低血糖のほうがすぐに命を落とす危険がある。

お花畑が見えかけていた。


頭痛薬でごまかしつつ、両手で頭を抱えて朝まで痛みを我慢。

一睡もできなかった。

翌朝、自宅から1時間ほどの大きな病院へ。

父がそこの眼科がいいからと勧めてくれた。


初診受付で症状を説明すると、

眼科と皮膚科と総合内科の診察を受けることになった。

(頭皮と耳が非常にかゆくて湿疹ができたいたので、

ヘルペスかと思っていた。)


それぞれの科に問診票を提出。

検査があるので眼科からスタート。

視力検査。虹彩を広げる薬を点眼。

次第に暗かった映像が少し明るくなる。

しばらく待って目の中の撮影や測定。

2時間ほど待ち、初診の医師の診察。


診察は1分ほどで、

「原田病で間違い無いと思います。」と診断された。

「網膜剥離と髄膜炎が起こっています。

メラニン色素を敵だと思って攻撃するアレルギー反応で、

メラニンがある部分が炎症を起こしています。

髄膜にはメラニンがたくさんあるんです。

すぐに入院しましょう。」とのことだった。


老眼になったとばかり思っていたので、網膜剥離と聞き、正直驚いた。

確かにこれだけ見えなくなるとは、老眼とは恐ろしいものだと思っていた。


もともと視力は2.0か1.5だったので、

普段の10%も見えておらず、とても不安になった。

老眼や視力の悪い人たちの気持ちが初めて分かった。


入院する前に、さらにPCR検査を受けた。2時間ほどかかった。

陰性で、すぐに入院手続きに入った。


入院病棟の部屋のベッドで、背骨から髄液を抜いて検査。

横向きに膝を抱えて丸くなる。

麻酔が結構痛い。

その後の髄液を抜く時、ぐいぐいと圧迫感。

初めてです、と伝えたけど、その時思い出した。

確か、次女の帝王切開の時の部分麻酔の時も

こんなだったんじゃないかな。

担当医の医師にこれまでの病歴を聞かれたが、

頭が痛すぎて、よく思い出せない。

その夜、頭痛薬とアイスノンで翌朝まで耐えた。


本来なら、網膜の血管などもっと詳しく調べるため、

造影検査をしなくてはならない。

しかし、私は甲殻類のアレルギーがあるので、

造影剤にアレルギー反応を起こすかも知れない。

それで、造影検査はしないことになった。


翌日、昼頃、早速ステロイド点滴治療が始まった。



続く。